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許可を求める子

アフタースクールの日常の中で、何かをしたい時許可を求めてくる子がいます。
「ボール遊びしていい?」「積み木やっていい?」など。いまそれをしていいタイミングなのかどうか量りきれないということなのでしょう。この推量の感覚がちょっとずれている子がいます。明らかにダメな時に「野球していい?」とか。いやいや、みんな今おやつ食べてるよね? という話です。さらに、許可を求めるまでもないのに許可を求めてくる子もいます。「水飲んでいい?」とか「トイレ行っていい?」とかです。プログラム中はこういう配慮は必要ですが、自由時間でも細かに許可を求める子がいるのです。

賢さのひとつの定義に「正しく状況判断が出来る」というのがあると思います。
状況判断力は自分のアタマで考えるクセをつけないと育ちません。
いつも、お母さんに訊いているんでしょうか?
お母さんにお伺いを立てないと怒られるのでしょうか?
そんな家庭の中が垣間見えてくるようで、ちょっと怖いです。

自分のアタマで考えるということは、それに基づいた行動を取った時、その責任も自分で負う、とういうことなのです。
子どもには責任が取れない・取らせないではなくて、自分の行動に責任を取らせることを習慣づけたほうがいいですね。
宿題をやらずに先生に叱られたら、それは自業自得です。
宿題をやれって言わなかったお母さんが悪い、などと言っている子がいそうです(笑)。
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スタッフ採用の基準

運営が難しいと巷間言われる民間学童クラブ。その最大のネックはスタッフ(指導員)の確保だと思います。保育士や小学校教諭免許保持者には来てほしい。しかし、それらの資格があれば保育園や小学校の方が断然稼げる。つまり、優秀な人材を繋ぎとめるだけの待遇を与えられないことが問題です。
民間学童保育というのは、やはりまだ「ベンチャービジネス」です。その中で自分なりに「起業精神」みたいなものを培っていけるかどうか、が続けられる秘訣かもしれません。

それでもスタッフの応募は少なくありません。どういう観点で採用をしているか、を今日は開陳します。
まず第一に「コミュニケーション能力」です。こちらの質問に正面できちんと答えられるか、質問に対する答えが的を射ているか、ですね。次は「臨機応変」かどうか。子どもの対応は予測不能なことが多いです。その不測の事態におろおろしててはダメです。咄嗟の判断が必要になります。「臨機応変」かどうかは、突飛な質問をしたり、敢えて下足のことや座る場所について話さなかったり、時には玄関のカギを開けずにどうするか見ていたり(笑)します。
ある時、遅刻をしてきた青年がいました。1~2分なら時計が遅れていることもあるので許しますが、10分遅れていました。彼は道に迷って遅れたことを詫びましたが、面接せずに失格にしました。時間に遅れそうだったら電話すればいいのです。時間に遅れるかもしれない、遅れた場合どこに電話すればいいか、事前に調べておけば済む話です。道に迷いながら10分もウロウロしていた人に「臨機応変」を求められないので失格という訳です。
三つ目は「子どもにウケル人かどうか」。これは話していれば分かります。子ども目線でお話ができるかどうか、ということです。
ここで迷った場合は、実地試験をします。3時間ほど勤務体験をしてもらいます(もちろん有償で)。
これも、ある人の場合、子どもたちが入室してきたときに「こんにちは~」と声をかけたのに、次々と無視されてしまったのです。子どもは瞬間で、この人が「子ども向きではない」ことを察知しました。

採用の基準はだいたいこの三つです。これをクリアしていれば、資格とか学歴には拘りません。さらに望むのは、「全体を配慮できる」ことですね。一対一の対応だけなら楽ですが、全体を一度に相手しなければいけない時もあります。また誰かと相手している時に、遠くの誰かが何をしているか目の端で見れるか、声をきちんと聞いているか、重要なスキルです。経験がないとなかなか難しいです。以前、ベテランの元幼稚園の先生が居たことがあります。一人で15人までなら見れます、と言ってくれましたが、実際その通りでした。私自身も一度だけスタッフ二人が同時に休み、一人で15人見ていたことがありました。どうなることかと不安でしたが、やってみれば意外と出来たので、この時の経験は逆に自信になりました。人間、時々大きな負荷をかけないと成長しないということですね。

最後に、面接でこういう人はだいたい落とします。
「私は、子どもが大好きです!」と目をキラキラさせながら言う人(笑)。子どもを偶像化し過ぎる人ですね。こういう人は、すぐ疲弊します。子どもが嫌いではこの仕事は出来ないでしょうが、子どもも大人と一緒です。いい子ばかりではありません。かわいい子も、かわいくない子もいます(笑)。そういうことは、この仕事をする上で理解していてもいいと思います。
では、かわいくない子にはどういう指導をしているか? それはまた次回。

子どもは怒っている

時々、子どもたちの精神状態を聞きます。すると、半分以上の子が何らかのことに怒っています。
そして、怒っている子は怒られることが多いようです。誰に怒られるの、と訊くと、1位はお母さん、2位は先生でした。
きっと、お母さんと先生も何かに怒りがあって、つい子どもに矛先が向いてしまうのでしょう。
大人なら誰しも、終日ご機嫌に過ごすということはないでしょう。特に仕事をしていれば、お母さんだって先生だって理不尽な目に遭います。余裕がなくなります。私は忙しいんだから、このくらい自分でやりなさい、という怒りの連鎖です。

しかし、子どもたちがこうも不機嫌というのはいまだかつてあっただろうか、と暗澹たる思いになります。何度も申しますが、子どもは大人の鏡です。大人がいじめをしていれば子どももいじめをします。(大人がいじめをやめない限り、子どももいじめをやめません)
大人が終始不機嫌だから、子どもにもその不機嫌が伝染るのでしょう。
もちろん、子どもは大人とは違い、ちょっとしたことで機嫌を直してくれます。
子どもは既に十分なストレスにさらされているので、これ以上ストレスをかけないよう配慮するのが、子どもと接する者の務めだと思います。

いかに教えないか

大人が費用対効果ばかり気にするので、自然、子どももそういう指向になっています。
何かをはじめるとき、「それをやって何になるの?」と訊く子がいます。一瞬、イラっとしますが(笑)、これは将来こういう時に役に立つよと、まずはそれから教えないといけないようです。もちろん反論する子もいます。たとえば英語であれば、「あ、ぼく外国行かないから」といった具合に。

大人が良かれと思って教えていることに、それはどんな意味があるんですか? などと私が子どものころは考えもしなかったと思います。まあ、いまの親がそうだから、子どももそうなのです。

そういう前段階があるにしろ、物事を教えるときにいちばん大事なのは”いかに教えないか”だと思います。
答えは大人が示すのではなく、子どもが発見する。大人はそこへ導くのみ。これが、子どもが物事を吸収するときに最も力があるメソッドだと思います。
授業は退屈でも、自分で調べたり作ったりするのはみんな好きです。能動的に「気づく」「発見する」ことを、子どもにトライさせることが学ぶ意欲を生み出します。ここが大人のガマンのしどころです。教えたいところをじっくり待つ。わざと間違ったことを言ったりして、子どもに正解を気づかせる。分からないふりをして子どもに優越感を持たせる。などの工夫が必要なのです。

一方で、人の話をじっと聞くのがいまの子たちは下手です。呼気と吸気のバランスみたいなところから調べたほうがいいかもしれません。とにかく、それは今後の課題です。

子どもは既得権を手放さない

一度手に入れた得は、大人でも失うのはいやです。その特性はさらに子どもの場合激しくなります。
当施設には、6時になると飴を配るという習慣があります。これは、そうしようとして始めたことではありません。身体の小さい子がいて、その子が3時のおやつをあまり食べられなくてお迎えが来る前にお腹が空いて死にそうになり(笑)、窮余の策として6時頃に飴をあげたのが最初です。すると、その子は6時になると常に飴を要求するようになります。一人の子だけ飴にを配るのは、他の子も黙ってはいません。結局、6時になると全員に飴を配らざるを得ず、いまでは「6時の飴タイム」として定着してしまいました。

一度あげた飴を、二度目に要求されたとき断るのは難しいです。
その時といまの状況が違うという整合性が、子どもには理解できません。あの時貰えた飴を、今日貰えないのは理不尽だという発想になります。
ゲームなどもそうですね。親の事情でたまたまゲームを与えてしまった。同じような状況で、大人にはその状況の違いはあるのですが、子どもには解りません。あの時OKだったものが、なぜいまはNGなのだ? と思うのです。

ちょっとした優しさのつもりで子どもに何かあげると、子どもは憶えていてまた要求してきます。そういう状況を避けるために、大人がグッと堪えて、甘い顔を見せないということが重要なのです。

ストレスと笑い

ふだんはとても良い子なのに、時に「え?」というような言動を起こす子がいます。それを叱ると、我に返ったように反省はするのですが。
簡単に言うと「ストレス」だと思います。
いまの子どもはストレスが多過ぎます。ほとんどが親のストレスが乗り移ったものだと思います。
ストレスがあれば、必ずどこかでその反発があります。それを上手にリリースできない子が多いのです。
ストレスを上手にリリースするためには、運動がいちばん。その運動機会も少ないのが現代っ子です。次に、週末など全く違う風景を見ること。そして、笑いです。笑いもメディアを通したものではなく、日常で起きる笑いです。

ラフターヨガのマスタートレーナー川上喜美代さんが新聞記事に掲載され、早速連絡を取ってみました。愛知の方なので、すぐにはいらっしゃれないのですが、みんなの学校にも大変興味を持ってくれて、東京でのワークショップ開催をお約束していただきました。
ラフターヨガの基本は、相手と握手をして10秒間笑うのだそうです。ミラー効果で、何だかお互い笑ってしまいます。で、笑いが止まらなくなってしまうのだそうです。きっと、そうなるでしょう。笑うと、免疫力も上がり、強い健康な身体になります。結果、ストレスに強くもなるのです。
ラフターヨガの開講をお楽しみに!

今年は更新がんばります!

ついついこちらは後回しになりがちですが、今年は更新頑張ります。とりあえず週一更新を目指します。
明日から給食もはじまり通常授業という小学校が多いと思います。
年末年始は男の子が多かったですね。男の子と母親の関係が垣間見れるようです(笑)。

免疫力アップ法?

子どもが(赤ちゃんが)よくいろんなものを口に入れるのは、この時期、口の感覚が最も鋭敏だからだと言われます。でも、お母さんは気が気ではありません。「あー、それなめちゃダメー!」「汚い! やめなさい!」誰でも一度は言ったことがあるでしょう。
この傾向が小学2~3年まで続くようですね。2年生・3年生でも、みんなが使ってる遊具などをなめる・口に入れる子、落ちた食べものを構わず口に入れる子、はたまた足の爪を噛む子、鼻くそを食べる子・・・。安心してください。小学2・3年なら普通です。

しかし、「汚い」と感じる衛生的な感覚はどうなっているんだろうと疑問に思います。大人が、それは汚いものだと、いくら教えても無駄です。ある時、こういうことは、もしかして必要な行為なのかな? と思いました。

これによって、子どもは免疫力をアップさせているのではないか?

分かりません。仮説に過ぎません。でも、清潔・衛生に気を配り過ぎた大人が子どもを無菌状態にして、そのことが逆に子どもの免疫力を下げ、若くして花粉症になったり、様々なアレルギーを引き起こしたりしている医学的な考察もあります。
それに対して、子どもは本能的に抗って汚いものを身体に取り込んでいるのではないでしょうか?

減点法と加点法

小学校低学年ではまだまだ難しいのですが、ディベートをやってみました。
「ラーメンとカレー、すごいのはどっち?」「男と女、生まれ変わるならどっち?」などという結論が出ないテーマで意見を闘わせます。
そのとき、ラーメン派の主張が、「カレーは○○だから、ダメ」とか、カレー派は、「ラーメンの○○のとこがカレーには勝てない」とか、論調が減点法になっているのです。男女に関しても、「男は○○だから、女のほうがいい」となります。
良いところを言い合って欲しかったのに、この減点法の相手攻撃がどうにも気になりました。

たしかに、褒めるより腐すほうが簡単です。しかし、ちょっと怖かったのは、普段子どもたち自身が「減点法」で採点されているのではないかということです。自分が減点法で評価採点されているので、子ども自身も他者を論評するときは「減点法」になっているのではないか。
つまり、これは、「子どもは大人の鏡」ですから、我々大人が子どもを含めて世の中を「減点法」で見ていないか、を我に返って反省しなければいけないと思いました。

子どもの世界は大人の世界の縮図です。子どもを見ていると、世の中が端的に垣間見えてきます。

教えたがる子どもたち

子どもは、知っていることを誰かに教えるのが好きです。これは昔から、子どもの特性としてあったとは思いますが、最近の子どもは、その傾向が顕著のような気がします。
子どもの「知識」と向き合う時、とても大人的な対応ができればよいです。「へ~、すごいね。そんなこと知ってるんだ!」と。
しかし、現代の大人は忙しい。当たり前に知ってる話を際限なく得意気に話されても困りますよね(笑)。
得意気に知識をひけらかす子には一定の特徴があります。周りの空気を読みません。空気を読まないということは、人の話を聞いてません。とてもアンバランスな状態なのです。

小学校から大学の先生までいろんな「教える」方とのお付き合いがありますが、みなさん一様に「最近の子は、自分のことを話すのは好きだが、人の話を聞かない」と嘆いておられます。そして残念なことに、人の話を聞かずに、自分のことばかり話す子は、話が下手なのです。これで話が上手ければ救いがあるのですが。
でも、人の話をきちんと聞かない人が、話が上手くなるなんてことはあり得ませんよね。

では、人の話を聞かない、ことは個人の先天的な性格・習性なのだろうか、ということです。
これも、どうも違う気がしています。
”親に話を聞いてもらえない子ほど、自分のことを外で話したがる”のではないでしょうか。
親であれば、自分の子どもの話をすべて聞いてあげられるはずです。6人兄弟の子持ち、とかでなければ。
毎日、親に十分話を聞いてもらっていれば、子どもは満足し、安心し、だらだらと自分の話を人にしないと思うのですが、どうでしょう?

子どもの性格は遺伝もあるでしょうが、親の生活状態(暮らしぶり)に起因する部分も大きいと思います。この子はどうしてこうなんだろう?と思う子どもも、親を見ると、なるほど!と合点が行くことが多いです。

自分の子どもの話がつまらない・時間の無駄だ、などと思ったら危険です。仮に平日は時間がなくても(それでも一緒にお風呂に入ってとか、寝る前の30分とか時間はあると思います)、週末はお子さんの話を際限なく聞いてあげてください。自分の話をちゃんと聞いてもらえたと実感した子は、きっと人の話もじっくり聞ける子になると思います。

プロフィール

Author:和の助
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